Diary

_ こんなタイトルの原稿依頼があり，担当編集者とその上司の方と打ち合わせをしました。もちろん，鷺沼の事務所です。だれにも邪魔されることなく，とことん，お互いに意見交換をしながら，とても充実した打ち合わせができました。やはり，事務所はいいものです。

ところで，このテーマ，なかなかうまくできていて，「そんな日がくるわけがないではないか」というようにも原稿を書くことができますし，いくつかの条件をクリアすれば，「そういう日がくるかもしれない」「ただし，ハードルは高い」というように，いく通りにも書くことは可能である，という話をしました。担当編集者の佐藤真さんは（名うての編集者であるということを西谷氏から教えてもらっていました），じつは，そういうように企んでのテーマです，と白状してくれましたので，ならば・・・・，ということで，話は一気に盛り上がりました。最終的には，わたしの好きなように書いてください，というところに落ち着きましたので，とても気が楽になりたました。

さて，この原稿をどのように書くか，これから作戦を立ててみたいと思います。基本的には，やはり，書き手が面白がらなくては，読む方はもっと面白くない，と思いますので，戦略を練りたいと思います。

どなたか，いいアイディアがありましたら，ご教唆ください。

よろしくお願いいたします。

_ 新しい太極拳の稽古場が決まりました。

この３月末まで，日体大７３１教室でやってきた太極拳の稽古ができなくなり，それに代わるいい稽古場がみつからず，苦労してきました。仕方がないので，わたしの鷺沼の事務所のスペース（６畳ちょっと）をつかって，ささやかにやってきました。しかし，これでは動きが小さくなってしまいますよ，と李老師に注意されていました。わたしも西谷さんもこういう場所探しは下手で，もたもたしていました。が，しばらく稽古をお休みしていた柏木さん（能面制作に追われていたため）が，なにをもたもたしているの，と見るにみかねた様子で，さっさといい場所をみつけてくれました。

昨日，その場所で初稽古。東工大のある大岡山（大井町線）駅からすぐの「北千束１丁目自治会館」というところ。手入れがゆきとどいていて、とてもきれいな和室。これだけのスペースがあれば４人で稽古するには充分。クーラーはからだのバランスが崩れる（体温調節の意味で）という理由で，途中でストップ。汗びっしょりかいての稽古となりました。が，久しぶりにゆったりとしたスペースでの稽古に大満足。これからまた一段と気合いの入った稽古ができそうです。柏木さんに感謝。

ちなみに，柏木さんの能面展は，８月４日から安曇野（信州）で，９月１１日から二子玉川（高島屋百貨店）で，来年２月９日から文藝春秋画廊（銀座）で予定されています。いま，絶好調のようです。展覧会がいまから楽しみ。

_ ニーチェの「芸術」についての言説が，いまごろになって，なぜか，とても素直に読み取れる。不思議である。

木田元さんの『反哲学史』という本は，すでに１０年以上前に読んだ本で，すっかりわかったつもりでいた。しかし，最近，気になりはじめて，もう一度，読み返してみた。以前とはまったく異なる読解ができるようになっていることを知り，そのことに，まずは，驚いている。やはり，加齢とともに哲学書の読解は変化してくるものなのだ，と知る。

この本の最後のところに，まるで木田元さんが絶叫しているかと思われるほど力を込めて，ニーチェの「芸術」に関する言説を連発して引用している。そのことだけでも，すごい迫力を感ずる。虎の威を借りるようで，いささか恥ずかしいけれども，ニーチェの「芸術」の定義を列挙してみたいと思う。

芸術とは，「昂揚した生の形象や願望による動物的機能の挑発であり――生命感情を高めるもの，その刺激剤」なのです。

「芸術は生を可能ならしめる偉大な形成者であり，生への偉大な誘惑者であり，生の偉大な刺激剤である」

「芸術は真理にもましていっそう価値が高い」し，「われわれは真理によって没落してしまわないために，芸術をもっている」

「本質的なことは，肉体から出発し，それを手引きとして利用することである。・・・・肉体を信ずることは，精神を信ずることよりもずっとしっかりした根拠をもっている」

「肉体の現象は，より豊かな，より明瞭な，よりとらえやすい現象である。だから，・・・・肉体的に方法的な優先権を与えるべきである」

「芸術は溌剌と花開く肉体性が形象や願望の世界へ溢れ出し，流出すること」

芸術こそが「生（レーベン）の本来的課題」であり，「生の形而上学的活動」だと。

「芸術は，生の否定へのすべての意志に対する無比に卓越した対抗力にほかならない」

このようなニーチェの言説に触れることの喜びを，これまで，どうして見過ごしてきてしまったのだろう，と思わずにはいられない。遅すぎた・・・とは思わないことにして，気づいたときが吉日と考えることにしよう。日々，毎日，やれることをやっていくだけ・・・，人が生きるということはその積み重ねでしかないのだから。

それにしてもニーチェは素晴らしい。ニーチェの思想は，２１世紀を迎えてようやく真っ正面から理解される時代を迎えたというべきか。「わたしはニーチェを生きる」と言い切ったバタイユの言説もまた，わたしの思考をはげしく揺さぶってくる。これぞ快楽でなくてなんと言おうか。

_ ニーチェの「芸術」に関する言説をよくよく読んで吟味してみますと，それはそのまま「スポーツ」に当てはまる，ということに気づきました。そっくりそのまま「芸術」を「スポーツ」に置き換えても，なんの違和感もありません。なぜなのだろうか，とはたと考えてしまいます。

ニーチェは「芸術」の原点をも，ソクラテス以前の哲学者たちが取り組んでいた「自然観」に求めているから，と考えるとわかりやすいように思います。たとえば，ニーチェは，人間の本来あるがままの姿を「生の機能」に求め，そこから「生きる人間」の存在を考えようとしています。ですから，一昨日も引用した「芸術は生を可能ならしめる偉大な形成者であり，生への偉大な誘惑者であり，生の偉大な刺激剤である」という言説が登場することになるわけです。この言説はそっくりそのまま「スポーツは生を可能ならしめる偉大な形成者であり，生への偉大な誘惑者であり，生の偉大な刺激剤である」と置き換えることが可能です。

わたしたちは，ヨーロッパ近代の理性中心主義（すなわち，科学中心主義）という思考方法に慣れ親しみすぎてしまったために，理性によって「抑圧，隠蔽，排除」（デリダ）されてしまった「喜怒哀楽」の感情や，「生身の身体」をどこかに置き忘れてきてしまいました。ニーチェは，そのことにいち早く気づき，それを「芸術」をもって復権させようと考えたようです。しかし，それから１世紀以上ものちのわたしたちが，いまごろになって，ニーチェの指摘したことの重大さに気づき，あわてている，というのが現状でしょう。ニーチェの「芸術」に関する言説は，とりもなおさず，人間復権のための言説ですので，きわめて根源的な問いを秘めています。ですから，その言説が，そのまま，「スポーツ」に置き換えられてもなんの不思議もありません。すなわち，こんにちのわたしたちが求めようとしている「スポーツの復権」は，そのまま，「人間の復権」でもあるからです。

ここまで思考を進めてきますと，今福さんが「ヴィジョナリー・スポーツ」を提唱される意味も，ここと通底していることに気づかされます。つまり，どこまでも「競争原理」の「外」にでて，そこに成立する「スポーツ文化」はいかにして可能か，と問いつづけているからです。わたしも同じように「ヴィジョナリー・スポーツ」を提唱し，考えてきましたが，少し入り方が違っていたようです。が，ここにきて，ほぼ同じ路線で思考を展開していることが明らかになってきました。

そして，ハタと気づくことは，たとえば，いま，一生懸命に取り組んでいる李自力老師の太極拳は，これは「ヴィジョナリー・スポーツ」ではないか，ということです。李老師の言説は，もはや，名人のそれです。もっぱら，「からだの声に耳を傾けなさい」といい，外見的な動きにとらわれるよりは「からだの心地よさを感じなさい」という。そして，細かな所作もさることながら，もっと大事なことは「気の流れに身をゆだねることだ」といいます。わたしには，まだ，ほとんど理解不能ですが，それでも，時折，「あっ，これかな」という不思議な体感がおとずれることがあります。それは，ほんの瞬間でしかないのですが，なぜか，からだ全体が温かく「ほのぼのとした気持ち」が感じられ，いつもの身体とは別の身体に移行していくような感じです。李老師にいわせれば，「からだが気持ちよくて仕方がない」といい，手のさきが微妙にふるえ，わたしの眼にも，明らかに「気が流れている」とみてとることができます。まさに，ニーチェのいう「生の機能」がはたらいている，一つの事例として受け止めていいでしょう。

２１世紀のスポーツ文化の，一つのありようというものが，たとえば，ニーチェが「芸術」についての思考のなかで展開した言説からも，窺い知ることができそうです。

なにか，これから考えねばならないことが，また一つ増えたように思います。しかも，それはなんとも言えない至福の感情をともなっている，というところが嬉しい。

_ 第２５回全日本武術太極拳選手権大会兼２００８年北京武術トーナメント日本代表選手最終選考会が，今日から３日間にわたって繰り広げられるという。そこで，初日の今日（あとの２日間は予定があって行かれないので），早速，見学にでかけた。会場は東京体育館。

広い体育館のフロアーを六つに仕切って，それぞれの太極拳の競技種目が一斉に繰り広げられている。これは，ちょうどわたしの体験した体操競技のやり方とまったく同じである。わたしの狙い目は「２４式太極拳」と「長拳」。「２４式太極拳」はいま李老師に手ほどきを受けている種目なので，全日本にでてくる選手たちの演技がどのようなものなのか，しっかりとみておきたいから。もう一つの「長拳」は，体操競技の床運動と共通するところがあって，見ていて楽しいから。

「２４式太極拳」については，毎週，こんにちの名人である（とわたしは確信している）李老師のお手本を見せてもらっている。そして，ただ，ひたすら李老師の動きを盗み見ながら，それに近い太極拳をめざして日夜，努力している。だから，それ以外の人の太極拳がどのようなものなのかを知らない。その結果，どういうことが起こるのか，というと・・・・・。大変，生意気な言い方になるが，「みんな下手くそ」なのである。「全然，太極拳になっていない」という痛烈なものである。つまり，眼ばかりが肥えてしまっていて，批評眼だけが一流。まだまだ，２４式もろくにできないくせに・・・。わが身の稚拙度は棚にあげて，ひたすら，李老師の「２４式」と見比べて，えらそうな評論をしているのである。

でも，学ぶべきものはじつに多い。李老師に，毎回のように注意されている「股関節をゆるめて」という演技が，全日本選手権にでてくる選手たちの間でも，きちんとできている人がとても少ない，ということである。したがって，「腰の回転で力を伝える」ということも，なおざりにしている選手が多い，ということ。ということは，動きの流動性がちぐはぐになっている，ということ。もっと言ってしまえば，上半身と下半身の動きが連動していない，ということ。大地のエネルギーを足裏から吸い上げて，それを上半身に伝えて，手の指先にまで伝える，という基本ができていない，ということ。

この他にも，細かな手の動作，足の運び方，力の抜き方と溜め方（力を抜いて溜める，と李老師は言う），太股と胴体の角度の作り方，などなど，李老師との比較をとおして，これから努力しなければいけないことがよくわかってきた。ありがたいことだ。でも，最終的な課題は，太極拳が武術である，という精神を忘れることなく，演技のなかに表出させること。一つひとつの動作の「技」の意味をしっかりと理解して，そのもっとも基本となる動きのコツ（＝骨）を身につけること。李老師に接近するための道は遠く，険しい。でも，歩まねばならない。

「人の振りみてわが振り直せ」のたとえではないが，逐一，わが身にこたえる。自分で自分の首を締めているようなものではあるが，やはり，他人の動きをみていると，それがよくわかる。選手たちに感謝である。これからの稽古の仕方がまた変わるだろうと思う。やはり，無理してでも時間を作って，見学してきてよかったと思う。

長拳の方は，経験はまったくないが，みていて楽しい。小さな子ども（小学校３〜４年生か）から中高生，大人まで，みんな一緒になって競技している。こちらは，素人でも，上手と下手は一目でわかる。技のスピード，跳躍力，技の切れ味，柔軟性，宙返り，静止技，など，上手な選手の演技は，みていて心地よい。とくに，小さな少年選手や少女選手が，大人に負けない演技を繰り広げると，思わず拍手したくなる。そして，もっと点数を出してやれ，と野次りたくなる。たぶん，これからの若者たちの多くは，この長拳にのめり込んでいくのではないだろうか。わたしが，もし，中学生くらいで，この長拳に出会っていたらきっと夢中になっただろうと思う。

１２日にも，１３日にも，わたしが応援している選手たちが出場する。が，残念ながら見ることができない。来年を楽しみにしたいと思う。

_ 東京外国語大学・公開セミナー「核と現代」と題するラウンド・テーブルを聞きに行ってきた。掲示板にも掲示しておいたので，開催要領のようなものは省略する。

まず，第一部で映画上映。『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』（森崎東監督・１９８４年）。導入としては，これ以上の映画はないという極めつけの映画。原発ジプシーとして登場する主役（原田芳雄）が，なんと沖縄の「コザ暴動」からヤマトに逃げ込んだために本名を名乗ることもできず，もちろん，戸籍もなく，ジプシーとして流れていく。そのゆきついたさきが，原発労働者である。被爆するような事故に会ったり，死んだりしたら，闇から闇へと葬り去られる，そういう無名の存在。それが，原発労働者であり，別名「原発ジプシー」。その恋人（倍賞美津子）も，「コザ暴動」に参加したために，沖縄から脱出してヤマトを流れわたる「ストリッパー」。またの名を「ジプシー・ダンサー」。コメディ・タッチで笑わせる場面をあちこちに折り込んでいるが，とんでもなく重く，深刻な映画。終わったあとは，しばらく口もききたくない・・・・。

少し休憩をはさんで，第二部の開始。

ラウンド・テーブル「核と現代」

西谷修氏の前説があって，七沢潔さんの基調報告に入る。七沢さんは，長い間，ＮＨＫで「核問題」を専門に，番組を制作してきたディレクター。現在は，ＮＨＫ放送文化研究所に所属（七沢さんの言うには「入所」）。なお，短期連載として岩波の月刊誌『世界』で「テレビと原子力」を連載中。

今日の基調報告の概要を，今日，配布されたレジュメに沿って紹介しておけば，以下のとおり。

「被爆・その隠蔽と忘却」あるいはメディアの不能について，と題し，

１．ブラックボックスの中の被爆労働

２．メディアの沈黙とその理由

３．原爆被害者とチェルノブイリの放射能汚染

４．増え続ける被爆者

〔結論〕グローバル経済の動きと，政治的，経済的にコントロールされたメディアによって，「被爆」は隠され，被爆者の記憶に葬りさられる。

メディアは事故が起これば，あたかも自然災害を扱うがごとく，条件反射のように報道し，事故が消費されれば去ってゆく。

そしていまやほとんどの国民が「原発は事故を起こさず，放射能を外に出さなければよい」と思っている。原子力発電によって毎日放射能が生み出され，日本だけで５万人もの労働者が被爆している内側の現実＝内実は忘れられている。

外形的イメージのインプリント（刷り込み）によって可能となる錯覚（たとえば「原発＝エコ」というイメージ）に侵されないためにも，内実を心象に刻む作業が必要とされている。

とまあ，きわめて重い内容をわかりやすく展開してくれる。この人の人柄（善人の固まりのような人）が伝わってくるような温かいことばの投げかけが，とても印象的。

この基調報告にもとづいて，多くのコメンテーターが，それぞれ専門の分野からのコメントをつけてくれたので，とても多くの視座から「核」をめぐる問題を考えるヒントをもらうことができた。それぞれの専門とは，国際政治学，イラン研究者，アフリカ（コートジボワール）研究者，メディア研究者（石田英敬）など。さいごに，西谷修氏が締めくくりの挨拶。これがまた気合いが入っていて，久しぶりの快感。久しぶりの脳細胞の洗濯をする。

_

_ そごう百貨店で「木喰展」生誕２９０年をやっているというので，ぶらりとでかけてみた。以前から，木喰の彫る顔に興味があって，みんな似たような顔をしているのはなぜなのか，というただそれだけの関心ででかけた。その疑問はすぐに解けた。それは，彼自身の顔だったのだ。

それでもう大満足で帰ろうと思って，最後のところで「木喰展」の解説文を読んで，驚いた。それは，彼が仏像を彫りはじめたのは６０歳をすぎてからだ，ということ。そして，９０歳をこえてもなお彫りつづけ，死ぬ間際まで，ひたすら仏像を彫りつづけたという。

世に「６０の手習い」という俚諺がある。しかし，木喰のように，突然，６０歳をすぎてから仏像を彫りはじめ，死ぬまでに２０００体をこえる仏像を彫ったのではないか，といわれるような人を知らない。これは恐るべき数字である。この木喰の情熱はどこからくるのであろうか。またまた一つ，大きなテーマが浮かび上がる。

この木喰のことを考えると，わたしなどはまだまだ「洟垂れ小僧」もいいとこだ。遅ればせながら，これから木喰をめざして，わがこころの赴くままに，わが信ずる道をひたすら邁進するのみ・・・・と大いに勇気づけられた。

最後に木喰の歌を一つ。

まるまるとまるめまるめよわが心

まん丸まるく，まるくまん丸

_ 昨日の「木喰展」の余韻がまだつづく。午後から鷺沼の事務所で「木喰展」のカタログを，あちこち拾い読みする。やはり，この人はすさまじい人生を生ききった人である，ということがわかる。

第一に，「木食」ということに驚く。これは単なる名前だと思っていたらそうではなくて，師匠が本気で修行するのなら，明日から「木食」修行をしろ，と言われてそのまま「木食」が名前となったという。しかも，師匠からもらった「木食五行」という名前を，途中で「木喰五行」に変えている。「木喰」とは，文字どおり「木の実だけを食べて修行すること」，つまり，五穀を断ち，いっさいの贅沢はしない，ということを意味する。しかも，身なりも貧しく，乞食同然の姿で，世の中を渡り歩きながら修行を行うことを意味する。すなわち，遊行僧として。

第二が，この「遊行僧」として生きるということの意味に驚く。遊行僧とは，寺をもたず，つまり，定住することなく，みずからの信ずる寺社の御札を全国各地に配って歩き，わずかな御布施をいただき，それを頼りに旅をつづける，そういう修行をする僧のことである。しかも，当時の徳川幕府は「遊行僧」を宿泊させることを禁じていた。したがって，多くは野宿である。

考えてみれば，これが僧たるものの本来の姿なのである。なぜなら，お釈迦さま自身が，生涯にわたって遊行をつづけた人だったのだから。その理由は，定住して寺を構えると，人間は堕落するから，というもの。僧は，たえず，遊行をしながら，生と死の境界をさまようこと，そこが唯一の修行の場である，と考えられてきたことを忘れてはならない。

あの良寛さんですら，師匠から寺を継ぐように，と言われた翌日には寺をでて遊行の世界に身を投じ，生涯，旅から旅へと流れて行った。かりに長期にわたって，人里離れた山中に庵を構えることがあったとしても，毎日の托鉢を怠ることはなく，それだけで生きることを貫きとおしている。ときおり，庇護者の世話になることはあっても，それはきわめて例外的なことにすぎない。

この「遊行」を木喰は，みずからに課し，生涯にわたってそれを実行した。しかも，最後は，９０歳をすぎても遊行をつづけ，どこで「野垂れ死に」したかもわからないままである。

この「遊行」をとおして，彼は仏像彫刻のエネルギーを持続させることに成功している。６０歳すぎに仏像彫刻をはじめ，９０歳をすぎてますます仏像彫刻に情熱を燃やしたという。

「遊行」とはなにか。この行をとおして開かれてくる世界はいかなるものなのか。家をもたず，財産ももたず，その日その日の食べ物を乞い，野宿をしながら，まさに風雲流水のごとく流れていく。こういう，なんの欲望ももたず，与えられたままの，あるがままの「生」をそのまま生きていく，まさに「無の境地」に立つこと。こういう境地に立つことによって，おそらく，木喰の頭のなかには，つぎつぎに新しいアイディアが浮かび上がり，仏像制作がおもしろくて仕方がない，というところに行き着いたに違いない。

木喰の生きた世界は無限（夢幻，無間，ムゲン）である。

_ 北京オリンピックまで一カ月を切った。いよいよオリンピック・ムード全開という時期なのに，報道される情報は少ない。とりわけ，明るい情報が流れてこない。なぜ？

今朝の朝日新聞の朝刊には，「合宿は日本」「２５カ国以上，空気や食事が心配で・・・」という見出しの，大きな記事が掲載された。しばらく前から，どこからともなく聞こえてきた話に，北京オリンピックの選手村はガラガラになるのでは？　というものがあった。その理由は，食事が不安，空気も心配。ということで，試合前日に，北京入りする国が増えている，というのだ。では，試合前日まで滞在する国はどこか？　ということになれば，日本か，韓国しかない。オリンピック直前合宿を日本か，韓国で行って，試合前日に北京入りして，終わったらさっさと帰国する，というのだ。

こんなに国際社会から信頼されていない国を，オリンピック開催国として選出した「オリンピック委員会」というのは，いったい，なんだったのか，そして，いまは，なにを考えているのか，といいたくなる。一説によれば，巨額の金銭をＩＯＣ委員の多くが中国政府から受け取った，とも聞く。ひたすら，だんまりを決め込んで，時の流れに身をまかせているかのようだ。そして，ひたすら，なにも起こらないことを祈っているかのように・・・・。

オリンピックのもう一つの目玉は「民間外交」だろう。大勢の見物客を受け入れて，ありのままの姿を感じてもらう，そして，民間レベルの接触をとおして，お互いの理解と友情を深める，これこそが世界が，そして，中国が望んだことではなかったのか。

これから，あと，４週間たらず・・・・。さて，どのような展開が北京で繰り広げられるのか，じっと眼を凝らすことにしよう。

_ 今朝の朝日新聞の一面に「五輪観戦ツアー，低迷」という見出しで記事がでていた。しかも，そのサブタイトルが「食事，地震心配？　１０万円引きも」とある。中味を読んで，がっかりしてしまった。

近頃の新聞記者というのは，どういう勉強の仕方をしているのだろうか，とあきれかえってしまう。こんな記事なら，中学生でも書ける。いや，中学生でも，少し頭の回転のいい子なら，もっと面白い記事を書くだろう。朝日の記者ともあろう人が，まことに稚拙な記事を書いている。それを，そのまま見逃すデスクのレベルも相当に低いとみていい。

食事が心配なら，今日，あなたはなにを食べたか，と聞いてみたい。もはや，日本人の平均的生活者であれば，中国産の食材を口にしないでいる日は一日たりともないであろう。着ているものの縫製も，ほとんどは中国製である。この間，「産地自慢」と書いてある「皮つきピーナッツ」をコンビニで買った。わたしは，間違いなく「千葉県産」のピーナッツだと信じて買った。家に帰ってから，コーヒーを入れて，さあ，食べてみようと思って「ただし書き」を丁寧に読んでみたら，なんと「中国産」である。中国からくる食材は，なにも「餃子」だけではないのだ。ほとんど，毎日のようにして，わたしたちはいま「中国産」のなにかを食べている。食事が心配で，北京オリンピックへ行く人がいない，なんていう記事を書いて平気でいる神経がわからない。

地震も同じだ。地震が怖かったら，日本列島には住めない。中国の何倍も日本は地震に関しては多く揺られているのである。建物の心配も同じだ。日本の建物も，「偽装」だらけであることは，つい，この間まで，新聞紙上をあれほど賑わしてきたではないか。もう，そんなことも忘れてしまっている。日本人というものは，わたしも含めて，能天気なものだ。だから，生きていかれる，ともいえる。なにからなにまで心配していたら，とてもではないが，生きてはいけない。リストカットしている若者たちの方がまともな神経をもっているというべきかもしれない。わたしなどは，完全に，神経が麻痺してしまっている。だから，きわめて「健康」？だ。

北京オリンピックを観戦する人が激減しているのは，まったく別の理由がある，とわたしは考えている。結論から言おう。「もはや，オリンピックは面白くない」のである。わたしの周辺にいる若者たちに意見を聞いてみたら，かなり多くの若者が「興味はない」という。すでに，日本の若者たちの多くは，愛国主義者でも民族主義者でも，なんでもないのである。第一，日本という国家にも，ましてや，国歌や日の丸にも，なんの興味も示さない。そんなものはどっちでもいいのである。それよりも，親に叱られた腹いせに「バス・ジャック」をしてしまう，そういう選択肢の方が優先される時代なのだ。秋葉原の事件もそれと同根だ。もう，どうでもいいのだ。

もう少し大げさに言うとすれば，近代オリンピックの使命はもはや終わった，ということだろう。それが，この前の「アテネ大会」と，こんどの「北京大会」の大きな違いだ。言ってしまえば，「アテネ大会」で一巡して，その使命は終わった，ということだ。その意味では，「北京大会」はまったく新しいオリンピックの開始と考えるべきであろう。観光客が集まらないのみならず，選手たちも，直前まで，中国ではなく，隣国で合宿を行い，競技の期間だけ中国に入国するという。わたしたちが馴染んできたオリンピックとはまったく異質のオリンピックが，これから始まろうとしているのだ。観戦者たちは，いちはやく，そのことを直観的に知っている。気の抜けたビールを呑もうという人間はもういない。

予言者を気取って，あえて，ここで明言しておこう。北京オリンピックも，それ以後の南アフリカのオリンピックも，そのあとに連なろうとする石原君の東京大会も，もはや，ここ数年のオリンピックとはまったく異質のものに変化していく，ということを。それは，あえて言えば，「キリスト教的終末論」の外にはみ出してしまった，まったく別個の価値観によって管理・運営されるオリンピックへの変容である。観客もまたしかり。もはや，計算も打算も（すなわち，いかなる予測も）成り立たない，そういう世界でのできごとになる・・・と。この意味するところは・・・。みなさんでよく考えてみてください。わたしは，その答えをいろいろのところで書いていきたいと思っています。その一部は，すでに，書いていることではありますが・・・・。

_ 昨夜は，鷺沼の事務所にお客さんをお招きして，はじめてのお接待をした。本来の仕事は，平凡社企画の打ち合わせ会議。それが午後４時から。しかし，あまりの猛暑だったので，早めに，ビールを飲みはじめる。そのせいか，会議はあっという間に終わり，あとは，臨機応変のおしゃべり。主役は，もちろん，西谷さん。今福さんは急用ができてお休み。

まだ，鍋釜や調味料などがそろっていないので，すぐに食べられるものを買い込んできて，それを並べただけ。手を加えたのは，野菜サラダを組み合わせて混ぜたことそうめんを茹でたことの二つだけ。でも，意外に好評で，みなさん喜んで食べてくださった。もう，長い間，台所に立つということをしてこなかったので，いささか緊張。食材の購入も長い間まったくしたことがなかったので，これもまた，新鮮な緊張感があって，結構楽しむことができた。ひょっとしたら，病み付きになりそう・・・・・。

まあ，いつか，事務所で，ほんとうの意味での「サロン」ができるようになれば・・・・と夢見てきたので，なんとか，これをきっかけにして軌道に乗せることができればなぁ・・・・と楽しみ。みなさんに声をかけたら，「いいですねぇ」と賛同してくれたので，少し，仕掛けをいろいろ工夫して，月に一回くらいのペースで，都合のつく人が集まってくる「サロン」をセットしてみようと思う。

これができるようになったら，声をかけますので，どうぞ気軽にお出かけください。それまでに手料理の腕を上げておきたいと思います。

_ いやはや，連日の猛暑にびっくり仰天しています。梅雨の前半が意外に涼しかったせいか，その反動というべきか，ここにきて連日の猛暑。それでも毎日，喜び勇んで事務所に通っています。歩いているうちはまだいいのですが，事務所に到着したとたんに，汗が滝のようにしたたり落ちてきます。ならば・・・と覚悟を決めて，太極拳の準備運動を念入りにやって，基本運動をやり，２４式を２回，とおしでやってみる。後半は，暑さで意識が朦朧としてきて，ちょっとやりすぎかな，と思ったりしています。このあと，熱湯のシャワーを浴びて，さらに汗を吹き出させ，しばらく生まれたままの姿でやりすごす。かなりの時間がすぎて，ようやく汗が収まったころに，エアコンをつけて部屋を冷やしてやります。そうすると，気持ちがしゃきっとして，集中的に仕事ができるようになってきます。ここまで，ほぼ，一時間。

こんなことを，ここしばらく繰り返していたら，な，な，なんと体重があっという間に落ちているではないか。ズボンのベルトの穴が二つ分。食べ物はこれまでとまったく同じ。目標であり，理想としてきた６０キロの下に入ったではないか。よしよし，このペースでいけばいい，ということがはっきりした。要するに暑いときには汗をかけ，そうすれば，それに見合った体重に落ち着く，ということのようです。

さて，問題は，この体重をどこまで維持できるか。秋を迎え，冬を越すことができるか。そこをどのようにクリアするか，まあ，そのときになったら考えることにしよう。とにかく，連日の猛暑のお蔭です。とんだ怪我の光明というところ。結果的に太極拳の稽古もできて，一石二鳥。猛暑さまさまである。まずは，三日坊主にならないよう，みずからを戒めて，このペースを守っていくことにしよう。

_ 竹谷和之さんの企画で，スペイン・バスクの友人たちと沖縄の渡嘉敷島へ行ってきました。総勢１１名。沖縄の離島に行くのは初めて。那覇・泊港から快速船で３５分。そこから民宿の送迎バスに乗って約１５分。シー・フレンドという名の民宿へ。

すぐにビーチへ。わたし個人としては１５，６年ぶりの海に。なんともはや，不思議な血の騒ぎ方を感ずる。最初に感じたのは，海の水というのはこんなに塩辛かったっけ，というもの。渡嘉敷島だから塩辛いのかな？と思ったり・・・・。でも，二日目以降はそんなに塩辛いとは思わなくなったので，やはり，長い間の海との没交渉による自分の感覚の断絶がそのような錯覚を起こしたもののようです。

すっかり嬉しくなって，ぷかり，ぷかりと浮身を楽しみ，それから海のなかを覗いてみると，いるわ，いるわ，色鮮やかな魚群が。それからあとは夢中になって魚の群れを追いかけ回していました。もぐって行って，手をさしのべても逃げる気配もなく，悠々と泳いでいるのがいい。しばらく，珊瑚礁にしがみついて眼の前をとおりすぎていく色鮮やかな魚の群れを楽しむ。少し慣れてくると，息継ぎもしないで長く水中にいることができる。ポワーンとした気の抜けたようなこころの状態でいると，いくらでも水中にいることができる。こんなにきれいな海水と魚群のなかにいたら，いつまでいても飽きません。久しぶりに童心にもどって，存分に楽しむことができました。

翌日，散策のついでに，展望台に登って海を眺めてみる。そこには，コバルト・ブルーといえばいいのか，真っ青な海が広がっている。さらに，濃いブルー，あるいは，黒に近いブルー，浅瀬をみれば，薄いブルー，ほとんど透明のまま海底の砂の色そのままの白というべき色が。さらに，ちょっと眼を転ずると緑がかったブルー・・・・といった具合で，どちらを眺めても見飽きることがない。しかも，時間の経過とともに（つまり，太陽の移動とともに）海の色も変化していく。この自然の威力に，ただ，呆然と立ち尽くすのみ。まるで絵はがきにしかないと思っていた海の色が，いま，目の前にひろがっている。しかも，絵はがきよりも何倍も美しい。おまけに，変化する。まるで，生き物のようだ。自然の力というものは凄い。この美しさには手も足も出せない。世過ぎ身過ぎのためによごれ切ったわが身の汚れが，自然の無垢の力によって，きれいに洗い流されていくかのようだ。それどころか，自然のなかにわが身が吸い込まれていくようだ。自然との一体感。快感。恍惚。自我・自己の消滅。無への接近。

ああ，これはどうやら「渡嘉敷島菌」に冒されてしまったようだ。来年からどうしよう，と思案投げ首。